条文
(登記の効力)第九条1 この編の規定により登記すべき事項は、登記の後でなければ、これをもって善意の第三者に対抗することができない。登記の後であっても、第三者が正当な事由によってその登記があることを知らなかったときは、同様とする。2 故意又は過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができない。
解説
商業登記の一般的効力
商法9条1項は、商業登記の一般的効力について規定しています。
登記前の効力
登記すべき事項(登記事項)は、それが実体法上発生していても、登記前においては、善意の第三者に対抗することができません。これを消極的公示力または消極的公示原則といいます。
ここでいう登記事項には、絶対的登記事項のみならず、相対的登記事項も含まれています。
善意・悪意の意味
善意とは登記事項を知らないことをいい、悪意とは登記事項を知っていることをいいます。
善意であること(登記事項を知らないこと)につき過失があったとしても、善意の第三者は保護されます。つまり、善意であることにつき、過失の有無は問われません。
善意・悪意の判断時期
第三者が善意かどうかは、取引時点(つまり、法律上の利害関係を有するようになった時点。大判大4・12・1)に善意であったかどうかで判断されます。
取引時に善意であった第三者が、取引の後に悪意となった場合であっても、登記当事者(登記をしていない商人)から第三者に対して対抗することはできません。
登記事項を主張できない場合・できる場合
9条1項の「対抗することができない」とは、登記当事者(登記をしていない商人)から善意の第三者に対して登記事項を主張できないことを意味しています。
善意の第三者から登記当事者に対して、あるいは第三者間では、事実に沿った(登記事項に沿った)主張をすることができます。なぜなら、登記当事者の登記懈怠により、登記申請の権利も義務もない者が不利益を被るのはおかしいからです。
登記後の効力
登記後においては、登記された事項を善意の第三者(正当な事由によりその登記があることを知らなかった第三者を除く)に対抗することができます。これを積極的公示力または積極的公示原則といいます。
登記後は、第三者は当然に登記事項を知っているものとして扱われます。つまり、第三者の悪意が擬制されます。
ただし、登記後であっても、第三者が正当な事由(正当事由)によってその登記があることを知らなかったときは、第三者に対抗することができません。
正当事由の範囲
正当な事由(正当事由)とは、主観的事情は含まれず、客観的事由に限ると解されています(東京地判昭41・6・29)。
客観的事由とは、例えば次の場合です。
- 災害により交通機関が不通であったために、登記所まで行けなかった場合
- 登記簿が滅失や汚損しているため、閲覧できない場合
主観的事情とは、例えば次の場合です。
- 入院をしていたために登記を閲覧できなかった場合
- 海外旅行に行っていたために登記を閲覧できなかった場合
不実登記の効力
不実の登記(不実登記)とは、真実でない事項を登記することです。
商法9条2項は、不実の事項が登記された場合の効力について規定しています。
故意または過失によって不実の事項を登記した者は、その事項が不実であることをもって善意の第三者に対抗することができません。
商法9条2項の趣旨
本来は、不実の登記がなされても効力を生じません。なぜなら、不実の登記を裏付ける事実がないからです。
しかし、不実の登記を信じた者を保護しないとすると、商業登記制度への信頼が損なわれるおそれがあります。
そこで、商法9条2項は、外観主義(外観法理)に基づき、不実の登記をした者に故意または過失がある場合には、不実の登記を信じた者を保護することとしました。
※外観主義(外観法理)とは、真実と異なる法的外観が存在する場合に、その外観を作り出した者に責任があるときは、外観を作り出した者よりも、その外観を信頼して行動した者を保護すべきとする法理論です。
第三者の過失の有無
第三者が、登記が真実でないことを知らないこと(登記が不実であることを知らないこと)について過失があったとしても、善意の第三者として保護される、と解するのが多数説です。
小商人への適用
小商人には、商業登記に関する規定が適用されません(商法7条)。
会社法の規定
会社の場合は、会社法908条に同様の規定が置かれています。
商法総則の条文解説一覧はこちらです。
第二編 商行為
第一章 総則
第501条(絶対的商行為)
第502条(営業的商行為)
第503条(附属的商行為)
第504条(商行為の代理)
第505条(商行為の委任)
第506条(商行為の委任による代理権の消滅事由の特例)
第507条(対話者間における契約の申込み)
第508条(隔地者間における契約の申込み)
第509条(契約の申込みを受けた者の諾否通知義務)
第510条(契約の申込みを受けた者の物品保管義務)
第511条(多数当事者間の債務の連帯)
第512条(報酬請求権)
第513条(利息請求権)
第514条(商事法定利率)
第515条(契約による質物の処分の禁止の適用除外)
第516条(債務の履行の場所)
第517条(指図債権等の証券の提示と履行遅滞)
第518条(有価証券喪失の場合の権利行使方法)
第519条(有価証券の譲渡方法及び善意取得)
第520条(取引時間)
第521条(商人間の留置権)
第522条(商事消滅時効)
第523条 削除
第二章 売買
第524条(売主による目的物の供託及び競売)
第525条(定期売買の履行遅滞による解除)
第526条(買主による目的物の検査及び通知)
第527条(買主による目的物の保管及び供託)
第528条
第三章 交互計算
第529条(交互計算)
第530条(商業証券に係る債権債務に関する特則)
第531条(交互計算の期間)
第532条(交互計算の承認)
第533条(残額についての利息請求権等)
第534条(交互計算の解除)
第四章 匿名組合
第535条(匿名組合契約)
第536条(匿名組合員の出資及び権利義務)
第537条(自己の氏名等の使用を許諾した匿名組合員の責任)
第538条(利益の配当の制限)
第539条(貸借対照表の閲覧等並びに業務及び財産状況に関する検査)
第540条(匿名組合契約の解除)
第541条(匿名組合契約の終了事由)
第542条(匿名組合契約の終了に伴う出資の価額の返還)
第五章 仲立営業
第543条(定義)
第544条(当事者のために給付を受けることの制限)
第545条(見本保管義務)
第546条(結約書の交付義務等)
第547条(帳簿記載義務等)
第548条(当事者の氏名等を相手方に示さない場合)
第549条(当事者の氏名等を相手方に示さない場合)
第550条(仲立人の報酬)
第六章 問屋営業
第551条(定義)
第552条(問屋の権利義務)
第553条(問屋の担保責任)
第554条(問屋が委託者の指定した金額との差額を負担する場合の販売又は買入れの効力)
第555条(介入権)
第556条(問屋が買い入れた物品の供託及び競売)
第557条(代理商に関する規定の準用)
第558条(準問屋)
第七章 運送取扱営業
第559条(定義等)
第560条(運送取扱人の責任)
第561条(運送取扱人の報酬)
第562条(運送取扱人の留置権)
第563条(介入権)
第564条(物品運送に関する規定の準用)
第565条 削除
第566条 削除
第567条 削除
第568条 削除
第八章 運送営業
第一節 総則
第569条
第二節 物品運送
第570条(物品運送契約)
第571条(送り状の交付義務等)
第572条(危険物に関する通知義務)
第573条(運送賃)
第574条(運送人の留置権)
第575条(運送人の責任)
第576条(損害賠償の額)
第577条(高価品の特則)
第578条(複合運送人の責任)
第579条(相次運送人の権利義務)
第580条(荷送人による運送の中止等の請求)
第581条(荷受人の権利義務等)
第582条(運送品の供託及び競売)
第583条(運送品の供託及び競売)
第584条(運送人の責任の消滅)
第585条(運送人の責任の消滅)
第586条(運送人の債権の消滅時効)
第587条(運送人の不法行為責任)
第588条(運送人の被用者の不法行為責任)
第三節 旅客運送
第589条(旅客運送契約)
第590条(運送人の責任)
第591条(特約禁止)
第592条(引渡しを受けた手荷物に関する運送人の責任等)
第593条(引渡しを受けていない手荷物に関する運送人の責任等)
第594条(運送人の債権の消滅時効)
第九章 寄託
第一節 総則
第595条(受寄者の注意義務)
第596条(場屋営業者の責任)
第597条(高価品の特則)
第598条(場屋営業者の責任に係る債権の消滅時効)
第二節 倉庫営業
第599条(定義)
第600条(倉荷証券の交付義務)
第601条(倉荷証券の記載事項)
第602条(帳簿記載義務)
第603条(寄託物の分割請求)
第604条(倉荷証券の不実記載)
第605条(寄託物に関する処分)
第606条(倉荷証券の譲渡又は質入れ)
第607条(倉荷証券の引渡しの効力)
第608条(倉荷証券の再交付)
第609条(寄託物の点検等)
第610条(倉庫営業者の責任)
第611条(保管料等の支払時期)
第612条(寄託物の返還の制限)
第613条(倉荷証券が作成された場合における寄託物の返還請求)
第614条(倉荷証券を質入れした場合における寄託物の一部の返還請求)
第615条(寄託物の供託及び競売)
第616条(倉庫営業者の責任の消滅)
第617条(倉庫営業者の責任に係る債権の消滅時効)
第618条から第683条まで 削除
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